自分の思考、生きるについて

生まれ月に思うこと 生粋の意地悪な人のことと、幸せの発見をしたこと

人はどうして意地悪な人がいるのであろうか?

こんなこと、テーマを思ったり、書いたりすると、

貴女自分のことを、良い人とでも思っているわけ?と、

突っ込みが入りそうだが。

とにかく、私の中で、長い月日、答えが出ないことだった。

答えが出ない年月、頭と心で考えていたテーマ。

意地悪をするにも、意地悪する人なりの背景や理由がある。

背景は、その人の育ってきた過程と環境と状況。

理由は、意地悪を受ける人からは想定出来ないような、え~?!そこですか?!ということ。

私はもういい歳のおばさんだが、男性の中年世代?!から意地悪を受ける。

小さな意地悪。小さな意地悪を重ねてくるパターンで受けている。

小さな意地悪は、大きく響かないように、意地悪が出来る。だぶんそんな理由で、小さな意地悪をしているのだろう。

こんな内容を、ブログで書かない方がいいでしょうに、全く私もしょうもない、オープンなおばさんだ。

意地悪男性の心理は、まあ、気に入らないから。だろうね。嫉妬も。

オープンな嫉妬はいいけど、

隠れ嫉妬は面倒。他の意思表示で表せないから、形がそうなるのであろう。

諦めずに、オープンな意思表示が出来るように寄り添ってあげる人が必要なのか?

寄り添ってあげる人は、素直だから、その人は大変。

生粋の意地悪な人。あんまり人に意地悪をしないでおいたら、いいのにね。。

オープンな意思表示が日常普通に出来ている人は、幸せだと思う。

最近、子供の頃の楽しかったことや家族や家のしきたりみたいなエピソードが、

ポロリポロリと回想シーンが、思いだされる。

映像が浮かんできて見える。

一度も思いださなかったようなことがだ。

そんな子供の頃のエピソードが浮かんでくる毎に、

ああ、私はずっと幸せだったんだなと思うようになった。

私は、幸せ探しをしてるみたいなところがあったが、

実はずっと幸せだったんだなあ。

良い発見。

意地悪の考察と幸せの発見。

全く違うテーマではあるが。

生きてるんだなあ。人は今日も頑張って乗り切って生きている。

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